カルチャアの雑日記

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5/14木 プロ野球

プロ野球のありがたみを実感している。

最近、tvkで去年の浜スタの試合を放送してくれているんですが、試合展開分かってても嬉しいね。平日の夜と休日昼、いつも当たり前のように野球やってたのがもう遠い昔のことのようだな……

 

もっとありえないのが現地観戦。テレビ越しに応援している選手が目の前にいて、ビール飲みながら隣に座った知らない人としゃべって、皆で応援歌を歌って、ホームラン打ったら立ち上がってハイタッチする体験が、生活の中に普通にあったなんて今では本当に夢みたいだ

 

両親ともに野球が大好きなので、ルールとかよく分かっていない頃から横浜スタジアムには連れて行かれていた。

しかし、自分の小学校時代はいわゆるベイスターズの「TBS時代」。負け続き最下位続きの選手もファンもしんどい時期だった。

それでも村田修一の時しか応援歌を歌わない内野席で一人応援歌を叫ぶのは楽しかった。小学生だから許されてたと思う。

 

プロ野球を全然知らない人をどんどん突き放していくぞ。自分が最も野球を見ていたのは2007年〜2010年の4年間だ。(プロ野球好き、成績などを年ごとに把握しがち)

 

2007年

ベイスターズファンを自覚した年。

好きな選手は金城龍彦。名前がかっこ良すぎるし、いかついのに足速くて自分が見に行った時によく打ってくれたから。

スタメンは石井琢朗仁志敏久鈴木尚典など。この世代、なぜか自分の中で一番アツい(暗黒時代なのに)

 

2008年 

初めて東京ドームに行く。

ベイスターズと共に、ちょっと巨人を応援し始める。東京ドームの出口の回転扉で風圧に飛ばされそうになってびびる。

あと、プロ野球チップスを買い始めたのもこの年だ。

多分今も全部で200枚くらいあると思う。浜スタで買うとベイスターズの選手が全然出ない。

 

2009年

WBCで日本が優勝! 野球を一番見てた年。WBCの時は4:45に起きて、試合を見てから小学校に行っていた。

当時マクドナルドで、クォーターパウンダーを食べるとWBCに出ている選手のファイルをもらえるキャンペーンがあったの覚えてる人いる?

裏面に「世界をつかもう」とか「夢の力をなめるな」とかいうメッセージ書いてあるやつ。

8種類全部集めたくて、家族でクォーターパウンダー食べまくった。多分家中探せば全種類ある。

 

あと、浜スタ現地観戦で広島に行ってしまった石井琢朗が打った試合、横浜ファンも一緒に盛り上がってたのめっちゃ覚えてるな……

伝説の助っ人()ライアン・グリンも現地で見た。

 

2010年

・初めて神宮球場に行く

同級生に神宮はハヤシライスがうまいぞ!と言われ、鵜呑みにしてハヤシライスを食べたのを覚えてる。あと行く時、まだ東急が副都心線と直通じゃなかったし、渋谷で乗り換えるのがめっちゃワクワクしたなぁ

 

よく考えたらこの当時まじでベイスターズが勝てなすぎて精神的にしんどかったので、テレビで巨人を応援しながら浜スタにも足を運ぶという歪な野球の楽しみ方をしていた。

 

2011年以降は、部活が忙しくなってきてなかなか浜スタに行けなくなった。あと、中学にプロ野球の話できる人が全然いなくて萎える。

2012年、横浜ベイスターズが横浜DeNAベイスターズに。ディーエヌエーって何?となる。

 

2013年は確かなんか久々に浜スタに行った年。中日のブランコが横浜に来たため、浜スタに「ブランコのぶらんこ」という名前のブランコが設置された。2014年以降はまばらだ、小学校の頃のことの方が詳細に覚えてるのは何でだろう?

 

2017年以降、大学で暇になり、再び見始めたら再度ハマって、なんか自分でもチケット取れるようになって友達とも行けるようになってユニフォームやらタオルやら買って今に至る、という感じだ。

 

長い間プロ野球好きでいるものの、選手たちの成績とか年度ごとの打率とか、細かいデータまでは覚えてないけどね。高校の頃、野球好き男子軍団が超昔の試合の話やらドラフト会議やら、細かすぎる話で盛り上がっていたのが羨ましかった。大学でもよく見る光景だな

 

どの球団も応援楽しそうだけど、やっぱベイスターズの応援歌が一番かっこいいと思うし好きです。

tvkさん、毎日放送してくれ!

 

【2020/5/14に読んだ本】

中沢新一『増補改定 アースダイバー』(講談社、2019年)間奏曲1〜第六章

猫好きとしては、路地庭の構造と猫の生活様式が、誰かへの帰属を全然していない点で似ていると言ってもらえて嬉しい。街歩きしている時には行政区画や身分は意味も持たないからな。

第六章「大学・ファッション・墓地」は特に面白かった。早稲田の文キャンのところ、向かいの穴八幡神社の霊地の一部を切り開いて作られたらしい。都の西北は死霊の集まる方角らしいぞ。早稲田も慶應も青学も、埋葬地のアジールとしての役割が大学に引き継がれてる、と考えるのは、こじつけっぽいけど、確かに面白い。