個別株を保有している企業から、たまに郵送で配当金のお知らせや株主優待の商品券などが届く。その度に、自分が事業会社にこき使われる側のしがない会社員である前に、偉大なる株主であることを思い出していた。「定時株主総会のお知らせ」も年に一度届くのだが、いつも平日に行われるため参加できないことを確認しては捨ててしまっていた。四半期の決算発表や決算説明会には仕事柄、毎期こんなに注目しているのに、株主総会のことはマジでよく知らなかった。自分の中に「荒れる株主総会」のぼんやりとしたイメージはあり、本当にキレたりする人いるのか?とずっと気になっていた。そして訪れた無職の期間。例によって、保有する某水産会社から総会の通知が送られてきた。会場で参加できるチャンスが来た。議決権を直接行使しに行く他ない。
会場は中央区にある某高級ホテルの大広間だった。服装の指定は特にないが気分的に、久々にジャケットを着て家を出た。総会開始30分前の9時半に会場入り。同じホテル内で同時間帯に三社の総会が行われるらしい。上場企業の中で最も多い3月決算企業の株主総会はちょうど今の時期、6月下旬に集中している。日経によると6/25に開催される株主総会は525件とのことだ。恐らく今日は、孫さん率いるソフトバンクグループや、今をときめくキオクシア、手土産がもらえる日清ホールディングスの総会に世間の注目が集まっていることだろう。

ネタバレすると、魚を食べなくなることはないだろう、という見解でニッスイを保有している。現在の業績と株価は安定しており、今回の総会の議題も取締役の選任案のみだけだったので特に荒れる要素もなく、かと言ってそれなりに時価総額の大きい企業なので株主数も少なくない。初めて参加するのには本当にちょうど良かった。
受付で議決権行使書を提出して入場。入り口でホテルの水をもらえて嬉しい。会場内は撮影禁止でスマートフォンの利用も不可だったので、メモを持って行って良かった。シャンデリアの付いた大広間の豪華な赤い絨毯の上に椅子がだいたい200脚くらい並べられている。テーブルがあるのは主催者の企業側のみ。客席側の左右中央にマイクスタンドが設置されていた。それが質問者用のものだと知らず、マイクスタンドの近くに座ったところ、質疑応答の度に自分の顔が質問者越しにスクリーンに映し出されることになる。
来場者が増えてきて部屋を見渡すと、スキンヘッドでメガネのおじいさまがスーツのおじさん二人に挟まれて座っていた。その後ろ姿が自分の昔のお客さんにめちゃめちゃ似ている。会社にいた頃の私は暗い髪色でコンタクトだったが、今の自分は金髪にメガネなので、バレたら会社辞めた途端にイメチェンした奴ということになり恥ずかしすぎる。
まばらに座っていたので正確ではないが、会場参加者は恐らく50人くらいだったと思う。10時になると役員たちが順番に入場し、社長が挨拶して自分が議長を務める旨と進行方法を説明する。そういえば中学の頃の生徒総会とかってこんな雰囲気だったなと思い出した。発言者は議長が指名するとか、監査がなんちゃらとか説明した後で、受付で配られた招集通知の内容に沿って終わった期である26年3月期の業績ハイライトと昨年度の取り組みが事前録音の女性の声で再生された。ここまでは決算説明会とほとんど変わらない。
それが終わると、本題の取締役の選任案に入った。最初に質疑応答を受け付け、その後で信任・不信任を決議するという流れが説明された。質問のある場合は受付で配った株主番号と名前を冒頭に話す、映されたくない場合は事前に伝える、質問は一人二つまで、などと社長が丁寧に説明した後で質問タイムがスタートした。10秒くらいが経過したところで自分の左後ろあたりに座っていた背の低いおばあさんが挙手して指され、マイクスタンド前に移動する。
わたしは、ニッスイさんの缶詰をよく購入しておりまして、そのため缶詰ができるまでのストーリーを想像しておるのですが、漁業関係者は大陸から押し寄せる脅威に晒されており、非常に危険な状態にあると思いまして、ニッスイさんだけでなく、漁業関係者は安全性の面で日本国とどのように連携されておりますか。
といった内容を三回くらい繰り返し表現を変えて喋っていた。畏まっていた会場の雰囲気が急に変わったので「お、なんか始まったかもしれない」と思った。社長はそれまでのトーンを一転して脱力し、ええと、こういう質問ですかね……と若干戸惑いながらも、1911年から海洋事業を行っている我々は安全面の対応を当初からきちんと行っており……と一応それっぽいことを答えていた。おばあさんは回答を得て満足して席に戻った。なるほど、これは答えの中身が重要なのではなく、自らのお気持ちを表明し、それに対して社長のリアクションを得ること自体が重要なのだな。
その後も、御社は昔みたいにヒット商品を作りなさいと提言する男性、とにかく紅鮭が大好きなおばさん、あなた方みたいにこの会場までの交通費が出ない我々に昔みたく手土産をくれと嘆くおじさん、思い出のサーモンフライバーガーをどうしてももう一度食べたいおばさん、など多岐にわたる変人が次々と質問を繰り広げた。中には財務の安全性に関して真面目な質問をする人もいたが、その人も「黒字倒産といったリスクはないですか?」と煽っていた。基本的に株主総会で質問するような奴には客観性のかけらもないということが分かった。仕事を辞めてからの一ヶ月で最も感じていることだが、資産をいくら持っているかは他人を評価するにあたってほとんど何の役にも立たない。
一番怖かったのは、文字がたくさん書いてあるコピー用紙を三枚手にした長身の男性だった。子会社である中部水産の脇坂氏が不祥事をやらかした時、彼らが夫婦でグルだったことを社長はいつの時点で知っていたんですか? 本件についてIR部に質問状を送ったところ、これこれという回答がありました。社長からも株主に対してきちんと説明してください!と終始怒りのトーンでよく分からない告発劇場を一人で上演し始めた。社長は、それに関しては当社ではなく別会社の話なのでこの場での回答は控えさせていただきます、と答えて即終了させていた。質問者の男は、非常に残念です……と不満げに告げて席に戻った。一体何を見せられているんだ。
自分が質問をする気は全くなかったのだが、イかれた個人投資家たちの自分語りを聞いているうちに、こんなに発言するハードル低いなら私もなんか言ってみようかな、という気になった。ここらで金髪の若い女が発言をして会場を怖がらせるか〜と私にしても自己陶酔して気が大きくなっていた。やたら厳かな装飾と参加者たちのカオスな発言が劇場型の演出を手伝い、自分もロールプレイングしたくなってしまうような変な凄みのある空間だった。会場内に知り合いがいるかもしれないことなどすっかり忘れ、知識と勇気を振り絞って緊張しながらも手を挙げてみた。
質問したのは、①事業報告の中でも言及のあった地政学リスクに関して、ナフサ不足の影響は出ているのか、それに関連して②価格改定について、足元で国内では値上げによる販売減も出ていて難しい環境だとは思うが、価格についてはどのような意向か、という二点である。社長からは、ナフサ不足の直接的な影響は当社にはそこまでないが、物価上昇に伴うインフレコストの影響は各所に出ていて一長一短、そして食品を扱っている以上は、消費者の購買意欲が減らないように付加価値のある商品を作っていく方向性で考えている、といった回答を得た。シンプルに自分が気になっていることに関して上場企業の社長の考えていることを聞けて良かった。
質疑応答がひと段落し、最後に取締役の選任について拍手で承認して総会は終了した。思い出したようにスキンヘッドのおじいさまの顔を確認すると全く見たことのない人だったので安心した。会場を出たところでリュックを背負ったおじさんが企業担当者にスライドの文字が小さすぎるとネチネチ文句を言っているのを見た。お手洗いに寄って出て来てからもまだ文句を言っていた。世の中は自分が思うよりよっぽど話の通じない人が多いと普段から想像するようにはしているが、百聞は一見にしかず、実際に観測することができて本当に良い機会だった。